お知らせ

2012年4月から新潟大学大学院に共生経済学研究センターを立ち上げました!グローバルな視野を踏まえながら、地域目線の研究活動を企画していきます。今年度は新潟市における公契約条例制定の可能性について検討中です。

2013年2月15日金曜日

ユーロ圏周辺諸国に関するナバーロ教授の見解(続報)

前回はユーロ圏周辺諸国経済についてのナバーロ教授の見方を紹介しましたが、その後新たに関連したブログ記事が公開されています("¿Salirse del Euro? El Caso de Grecia", Sistema Digital, 15 de febrero de 2013)。その要点は以下の通りです。

①いまジョンズ・ホプキンス大学で教えているところだが、アメリカ合州国にはちょうどいま、ギリシャの最大野党・急進左翼連合(Syriza)の若き党首アレクシス・ツィプラス氏も滞在中である。同党は勢力を増しており、今後の選挙で勝利を収める可能性がある。

②ツィプラス党首の講演を聞く機会があったが、ギリシャが直面する国内外の状況(富裕層が伝統的に牛耳る権力構造、それを背景とする巨額の脱税と財政基盤の弱さ、ドイツの銀行の利害を優先するEU委員会・ヨーロッパ中央銀行・IMF[トロイカ]の緊縮政策など)についての分析はおおむね適切であり、感銘を受けた。聴衆から「なぜあなたの党はギリシャがユーロ圏を離脱することを選択肢として考えないのか?」という重要な問いが投げかけられた。これに対する答えは「ギリシャ市民はユーロ圏からの離脱を承認しないだろう。いまそれを党の政策として掲げるのは誤りだ」という、賢明で納得のいくものだった。

③しかし同時に疑問は残る。経済政策研究所マーク・ワイスブロット氏もその場で述べていたことだが、彼の党が求める正当な政策(引用者注:たとえば緊縮政策の撤回)を「トロイカ」が受け入れるとは到底考えられない。とすれば、せめて駆け引きの戦術としてでもいいから、ユーロ圏からの離脱を示唆してもよいのではないだろうか。よくまことしやかに報道されているのとは正反対に、ドイツや「トロイカ」は、ギリシャがユーロ圏を離れることを望んでなどいないのだ。

④ワイスブロット氏は持論である「アルゼンチン・モデル」(引用者注:前回のブログ記事や拙著『99%のための経済学【教養編】』[新評論2012年]をご参照)の有効性を改めて強調した。同氏はまた、ギリシャはかつてのアルゼンチンよりも有利な条件にある(たとえば一人当たりGDPは3倍)、ユーロ圏を離脱して通貨を切り下げれば外需が増える、それに応じて資本流入も増える(アルゼンチンがIMFの指導を離れて変動相場制に移行した当時とは違い、いまは国際融資の可能性がより広く開かれている)、財政主権も回復されて経済政策の自由度が増す、とも述べた。

⑤「トロイカ」に対する交渉力が増すのは明らかなのに、ギリシャの野党勢力はなぜユーロ圏からの離脱を議論しないのか。これはワイスブロット氏の疑問だが、私自身も共有するものだ。状況はスペインでも同じであり、新たな選択肢を緊急に議論すべきである。メディアはよく、ユーロ圏から離脱すれば経済は混乱して破局的状態になるなどと恫喝するが、これまでの緊縮政策の結果、スペインの失業率は現在26.1%とギリシャの26.7%をほんのわずか下回るにすぎない。これ以上悪くなりようがないではないか。


以上です。前回の投稿記事でもふれておきましたが、ナバーロ教授が「アルゼンチン・モデル」にも理解があるのは、これでも明らかでしょう?ただし、ワイスブロットさんほどにはこだわってはおられないようですね。可能性は複数考えておき、あらゆる事情を総合的に判断して、最も適切な選択をすべきだ、ということのようです。

ちなみに「アルゼンチン・モデル」について一言注意しておくと、昨秋の学会報告(本ブログ記事ご参照)の際にも指摘したことなのですが、2002年の変動相場制への移行はかなり厳しい調整スタグフレーションを引き起こしており、市場原理主義体制(1990年代のカレンシー・ボード制をはじめとする急進的な経済自由化)の下でそれまでも高止まりしていた失業率は、瞬間的に一層高くなっています。非正規雇用率、貧困率、自殺率など、共生に反する社会指標の悪化もみられました。その後V字型の経済回復と社会指標の改善が進みますが、最悪の状態こそ抜け出したものの、まだ残る課題も多いのです。このこと自体は冷静に考慮しておく必要があると思います。

ただし、だからといって市場原理主義体制のままでいたとしたら、それこそいまのギリシャやスペインのような、近来稀にみる最悪の「反・共生経済社会」が持続していた可能性は十分にあります。「アルゼンチン・モデル」の経験を踏まえ、起こりうる調整スタグフレーションのショックを最小限に抑えるよう、万全な措置を施すべきでしょう。

スペインでもいま、賃貸アパートを追われた人が自殺するなど、社会問題は悪化の一途をたどっています。やはり、今まで以上に深く議論すべき時です。選択肢を賢く広くとり、交渉力を強化し、「トロイカ」やドイツ、そしていうまでもなくスペイン、ギリシャ自体の頑迷な政治経済権力の壁を、市民の手で突き崩さなければなりません。

ところで、本質的に同じことは、この極東の国についてもいえると思うのですが、いかがでしょうか。なにをどうすれば選択肢を広げ、交渉力を増すことになるのでしょうか。ぜひ考えてみてください。

それではまた。

2013年2月12日火曜日

EUユーロ圏経済危機をどう解決するか:ナバーロ教授の処方箋

昨年末から今年初めにかけてやや体調がすぐれなかったところに、近刊拙著『99%のための経済学【理論編】』(新評論)の校正作業が重なったため、無理をしないよう意識的に仕事量を抑えていました。2か月以上もブログを更新しないでいたのは気になっていたのですが(もっとも、右側においてあるTwitterの欄でもおわかりのように、「つぶやき」はほぼ毎日続けていたのですが)、どうかご容赦ください。また少しずつ再開していこうと思います。

さてEUユーロ圏の経済危機が世界経済に深刻な打撃を与えているのはご存知の通りですが、その危機からどう抜け出すかをめぐって、二大指導国のドイツとフランスでは考え方が違います。このことについて、わかったようでわからないような、もやもやした気分(昔の言葉でいえば隔靴掻痒?)の方も多いのではないでしょうか。ありがたいことに、スペインを代表する経済学者の一人、ポンペウ・ファブラ大学ビセンス・ナバーロ教授(アメリカ合州国ジョンズ・ホプキンス大学教授でもある)が、この点について論じておられましたので、要点だけ箇条書きしておきましょう("El Debate de Política Económica en la Eurozona", 8 de febrero de 2013, Sistema Digital)。

①ユーロ圏周辺諸国が経済危機からどう抜け出すべきかについては、2つの考え方がある。

②ひとつは緊縮財政と労働市場の規制緩和(解雇と賃下げを容易にする)を組み合わせるもので、ドイツのメルケル政権をはじめとするEUの保守派や社会民主主義勢力の一部がこれを支持している。この処方箋にしたがえばスペイン経済の活路は輸出の増加にあり、他方でドイツは強いユーロを維持する役割を果たすべきだという。メルケル首相が公言しているこうした戦略は、強いユーロこそがスペイン経済の回復を妨げている要因のひとつであることを理解しないものである。

③メルケル・モデルとも呼べるこの考え方は、スペインの保守派にも広く受け入れられている。それによれば、ドイツの低い失業率はシュレーダー前首相以来の雇用の柔軟化(またこれによる国際競争力の強化)に起因したものであり、スペインもこの路線を採るべきだという。現実は異なる。ドイツの低い失業率は、企業と労働組合の共同決定(労組の経営参加)にもとづくワーク・シェアリングによって可能になったものである。雇用の柔軟化は不安定で労働条件のよくない非正規雇用を増やしたにすぎない。

④もうひとつの危機打開策はフランスのオランド政権のものであり、これは緊縮政策と労働市場の規制緩和よりも需要創出を強調する。この姿勢はそれ自体としては望ましいが、現状ではあまりに抑制がききすぎていて、結局はユーロ圏の財政赤字を極端に制限する協定(赤字をGDP比3%に厳格に抑える安定協定や、さらに事実上0%にする最近の財政協定)がまかり通ることになってしまっている。

⑤アメリカ合州国の州政府は財政を均衡させなければならないことになっているが、いざとなれば中央銀行である連邦準備制度が出動する。GDPの19%にもなる連邦政府も諸州の不均等を是正するように再分配を行う。このため同国の失業率の州間格差は比較的小さい。低い東北部は6.3%、高い南部でも12%どまりである。これに対してユーロ圏ではスペインの失業率が26%である一方、ドイツは5%にすぎない。ヨーロッパ中央銀行(ECB)は中央銀行とはいえず、銀行業界のロビーと化している。アメリカ合州国にはたしかに中央銀行が存在し、必要に応じて国債を買い入れ、連邦政府が国債発行に際して高い利回りに苦しむことがないようにしている。

⑥ユーロ圏の場合、ドイツは低金利で資金調達が可能だが、それは周辺諸国から資本が流入してきているからでもある。ところが同国はECBが周辺諸国の国債を購入するのに反対しており、ユーロ債の発行にも難色を示している。これではスペインのような周辺諸国が十分に需要創出を行うことは困難である。現在のユーロ圏は、いわば連邦政府なきアメリカ合州国とでもいえるような状態にあるが、これは市場原理主義の茶会運動が夢見るものにほかならない。

⑦必要とされる変革は、オランド政権が考えているよりもずっと大がかりなものになる。というのは、ユーロ圏経済を活性化するには、メルケル・モデルの極端な自由主義と決別しなければならないからである。ECBを真の中央銀行にするだけでなく、雇用創出のために大規模な需要創出を実施する必要がある。


ざっと以上です。いかがでしたでしょうか。昨年末に上梓した『99%のための経済学【教養編】』(新評論)では、ユーロ圏周辺諸国の経済危機に対するひとつの処方箋として、プリンストン大学クルーグマン教授が「アルゼンチン・モデル」を推奨していたことを紹介しました。これは2002年初め、同国が固定相場制(カレンシー・ボード制の一環としての)から変動相場制に移行し、厳しい調整スタグフレーションの後、目覚ましいV字型経済回復を遂げたことに注目したものです。ただ、そこで事実上想定されていたのは、どちらかといえばギリシャでした。

これに対して、今回紹介したナバーロ教授の考え方は、ユーロ圏の制度的な再編成によって、せめてアメリカ合州国なみの景気対策をとれるようにしようという「穏健」なものです。プリンストン高等研究所ハーシュマン名誉教授の言葉づかいで言い換えれば、さしずめ「アルゼンチン・モデル」は「離脱(Exit)」、ナバーロ教授の処方箋は「発言(Voice)」ということになるでしょうか。もっとも、この「発言」は、メルケル・モデルという市場原理主義からの抜本的な脱却を意味しますから、その点ではやはり十分に「離脱」といえるものなのですが。ちなみにナバーロ教授は別の論考では「アルゼンチン・モデル」にも理解を示されており、今回の提案だけにこだわるものではないようです。

日本では、ユーロ圏経済が実は制度的にも経済思想面でも最初から市場原理主義の産物であることが、いまだによく理解されているとは言えないように思います。これは主流派経済学者よりもむしろ、EUやユーロ圏をなんとなく理想化し憧憬の対象としてきた、マルクス経済学者崩れの研究者や、そうでなければ没理論的な地域研究者の責任が大きいのではないかと、以前から疑っています。ダメ押しで付け加えておきますが、ヨーロッパのまともな進歩派(新自由主義を受け入れた社会民主主義、たとえばスペイン社会労働党やドイツ社会民主党主流派を除く)の間では、<ユーロ圏=市場原理主義>という等式は、当たり前すぎる常識になっています。

なお、冒頭でナバーロ教授のことを「スペインを代表する経済学者の一人」と紹介しましたが、これにはひとつ留保をつけなければなりません。実は教授はカタルーニャ地方のご出身で、若き日、フランコ独裁時代にアメリカ合州国への亡命を余儀なくされた方です。またカタルーニャにはスペインからの独立運動の伝統があり、それには教授も共感されているようです。その意味では、「スペインを代表する…」という表現は適切ではありません。正確には「カタルーニャを代表する」とすべきです。ただ、冒頭からそうした込み入った事情を開陳するのもどうかと思い、ここで注記させていただいた次第です。

余談になりますが、スペイン本体にも優れた経済学者はたくさんおいでです。そのうちの一人、数年前に悪性腫瘍で早逝されたダビー・アニースィ元サラマンカ大学教授からは、僕自身、実は理論面で決定的な影響を受けています。面識はないのですが、ブエノス・アイレスのある書店で教授の著作を手にしたことがきっかけでした。日本では知られていないアニースィ教授のことについては、また別の機会にお話できればと思います。

それでは今日はこの辺で。

2013年2月11日月曜日

Intención política del Abenomics

Lo que sigue es mi correo personal con la fecha de 7 de febrero de 2013, dirigido a mi amigo argentino. Creo que es interesante para los que tienen interés por la economía política japonesa actual, por eso lo publico acá. Espero que les sirva de alguna manera.

Pepe,
Gracias por el artículo de Martin Wolf ("Japan can put people before profits", Financial Times, February 5, 2013). Con respecto a su primera mitad, o sea su análisis de la economía japonesa, estoy de acuerdo de grosso modo, aunque tengo algunas dudas. A su vez, su sugerencia de reforma estructural que es una redistribución de ahorro de las grandes empresas hacia sus accionistas, no tendrá éxito, porque su propensión a consumir es mucho más baja que la de clases media y baja. Wolf mismo se refiere a otra solución: un aumento de salarios. Pero no lo prioriza. Interesantemente el gobierno actual derechista de Abe ha mencionado una necesidad de aumentar salarios. Bienvenido, y es justamente lo que nos hemos estado proponiendo. En realidad, Abe está tratando de aprovechar diversas opciones de política económica (QE, 'inflation targeting',estímulo fiscal, pedido de aumento salarial a las empresas), y esto mismo no es malo necesariamente, aunque creo que la política monetaria no podrá cumplir sus fines. Sin embargo, se queda escondida detrás de este estilo flexible una estrategia derechista: Hacer recuperar la economía "at any cost", ganar las elecciones de senadores en el próximo julio, y reformar la Constitución para que se derogue su conocido artículo noveno que es el abandono del derecho gubernamental de apelar a la política de guerra. Tenemos la Constitución pacifista, esto ha sido el enemigo interno número uno para la derecha.  Lamentablemente, no se entiende muy bien esta implicación política del Abenomics entre muchas personas del círculo progresista internacional. Al contrario, algunos economistas de "centro-izquierda", incluyendo al columnista influyente de The Guradian Mark Weisbrott del EPI estadounidense, lo admira Abenomics sin saber el riesgo arriba dicho. Espero que difundas esta alarma a tus amigos.
Abrazos.
Mkt

P.D. Abe es Rajoy convertido. ¿Me comprendes?

2012年11月27日火曜日

99%のための経済学【理論編】

11月23日の勤労感謝の日,「脱原発を考える新潟市民フォーラム」の勉強会にお招きいただき,「共生経済の構想―脱原発から脱新自由主義へ」という論題で講演させていただきました。たくさんのご質問を頂戴したほか,有意義な意見交換もさせていただき,生産的なひと時を過ごすことができました。当日参加された皆様に改めて感謝申し上げたいと思います。

ところで今回の講演の内容は,12月5日配本の拙著『99%のための経済学【教養編】―誰もが共生できる社会へ』(新評論)と来春刊行予定の姉妹編『99%のための経済学【理論編】―新自由主義サイクル,TPP,所得再分配,共生経済社会』(同)を下敷きにしたものでした。そのうち後者【理論編】の自著紹介文がPR誌『新評論』に近々掲載されます。版元の了解を得て,一足早く,その内容をご覧いただきましょう。以下がそれです。

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タイトルからすぐわかるように、本書『99%のための経済学【理論編】』は、上梓したばかりの拙著『99%のための経済学【教養編】』(新評論2012年)の姉妹編にあたる。【教養編】では、経済問題とその関連領域を中心に、共生の視点から国内外の現実を読み解き、とりわけ「新自由主義サイクル」+「おまかせ民主主義」+「原発サイクル」=「経済テロ」という、悪しき方程式の存在を指摘した。そしてこれを突き崩すために、多様な回路の「市民革命」を日常的に実践し、継続していくべきことを示唆した。

4章構成の【理論編】も同じ問題関心に立っているが、前著では概説するにとどめた現実解釈や将来展望のうち、特に重要な論点について理論的な根拠を与えるものになっている。第1章は日本型「新自由主義サイクル」の最新仮説であり、「99%」が組み込まれている閉塞的な政治経済循環構造の構図を提示する。第2章は「99%」が目指すべき対案のひとつ、すなわち所得再分配による内需拡大のマクロ的条件を検討する。第3章では、2010年秋にTPPの経済成長促進効果を「実証」して注目された、内閣府の研究の理論的基礎(CGEモデル)を根底から批判する。

最終章では「共生経済社会」の構想を論じている。具体的には、第2章で示唆した再分配による内需拡大と、内橋克人氏が提唱してきた地域の「共生経済」や「FEC自給圏」とが、論理的に整合することを中心に、今後あるべき社会を展望している。ここではまた、他の国々も同じく内需中心の「共生経済社会」に転換すべきことや、それを可能にする仕組み、つまりケインズが考案した「国際清算同盟」や「国際貿易機関」の現代版を創出すべきことも主張している。これに関連してIMFの改革も必要になるが、この点は拙著『「もうひとつの失われた10年」を超えて』(新評論2009年)をご参照願いたい(第5章と第6章)。

共生のための「市民革命」を考える姉妹編2書。合わせてご一読頂ければ幸いである。
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2012年11月11日日曜日

アルゼンチンにみる「ポスト新自由主義」の成果と課題

11月10日,表題と同じ論題で学会報告を行いました。ラテン・アメリカ政経学会第49回全国大会(東洋大学白山第2キャンパス)においてです。その要旨と参考文献を次に転載します。

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アルゼンチンにみる「ポスト新自由主義」の成果と課題

佐野 誠

  §はじめに

アルゼンチンは,マネタリー・アプローチに象徴される極端な経済自由化を1970年代後半と1990年代に実施した後,近年は「新開発主義」(Bresser Pereira)とも呼ばれる経済政策を進めてきた。その成果と課題を2つの問題関心に絡めて検討する。ひとつはユーロ圏周辺諸国の債務危機について推奨される「アルゼンチン型解決」,つまりユーロ圏離脱=固定相場制放棄とデフォルト(Krugman; Stiglitz)の有効性のいかんであり,もうひとつは政権交代後も新自由主義政策の下で閉塞し続ける日本経済への示唆である。


§Ⅰ初期条件:変動相場制への移行と調整スタグフレーション

  1991年以降の「兌換法体制」(カレンシー・ボード=マネタリー・アプローチ)は,未曾有の大量失業と2度の通貨・金融危機循環(Taylor のいうFNサイクル)を引き起こした後,2001年末に崩壊した。変動相場制への移行と通貨の大幅切り下げの結果,2002年前半は調整スタグフレーションが発生し,社会経済指標はさらに悪化した。

 

§Ⅱ成果:復元力のある高度成長と失業率の大幅な低下(2002年後半~2011年前半)

  2002年後半から2008年までは「中国並み」と言われる高度成長が持続する。2009年は世界経済危機の影響で成長率が低下したものの,2010年から翌年第3四半期にかけて再び高率の成長がみられた。主な需要項目の成長率寄与度じたいは,平均すれば大きい方から順に,民間消費>投資>政府消費>純輸出となるが,先行研究と統計を踏まえると,高度成長の時系列的かつ論理的な因果関係は次のように推定される(以下,下線部は政府・中央銀行の介入=「新開発主義」に関連する事項である)。

2002年の通貨切り下げと「競争力を保つ安定した実質実効為替レート」(Frenkel)の維持⇒貿易財部門中心に利潤率の改善(Manzanelli 2012によれば200102年の利潤額はほぼ不変だが,△利潤分配率>▼産出・資本比率)⇒純輸出激増(成長寄与度は2003年以降マイナスになるが,ドル建て貿易黒字は持続し対外制約を緩和)

2003年以降の固定投資ブーム(←デフォルトと2005年の対外債務削減の成功)

③雇用・労働・貧困指標の改善⇒民間消費の増加(←最低賃金・年金の実質引き上げ,賃上げ交渉の誘導,普遍的子ども手当などの所得政策雇用の正規化年金の再国営化

④利潤率の維持(▼利潤分配率<△産出・資本比率;ただし2004年半ば以降の工業稼働率平均は大半が70%台)⇒強気の固定投資ブームの持続

このほか【ⅰ】大豆など国際一次産品ブーム(輸出価格上昇,輸出量増加,交易条件改善)による対外制約の緩和,【ⅱ】世界経済危機下の機動的な景気対策も,復元力のある高度成長を支えた。

以上の「新開発主義」の結果,「兌換法体制」崩壊前後は20%に近づいた完全失業率が7%程度にまで低下した。このことが,アルゼンチンにおけるポスト新自由主義の最大の成果だといえる。

§Ⅲ課題:根強く残る社会的債務…インフレによる成長抑制のリスク

 とはいえ,次のような課題が残されている(直近の成長率低下とGM農産物の問題は省略)。

①完全失業率の低下のほか,不完全就業率や非正規雇用率の低下,実質賃金の上昇,労働分配率の上昇,ジニ係数の低下,貧困率の低下など,社会経済指標は「兌換法体制」の初期ないし中期の「振出し」に戻りつつあるが,それ以上ではない。上述した現在の7%程度の失業率も,実は「兌換法体制」初期並みの,または1980年代の「失われた10年」末期程度の水準である。

②インフレの再燃とそれが誘発する問題。近年のインフレ率は公式統計(政治的操作が疑われる)では10%前後,民間研究機関の代替的な物価推計値(IPC-7Provincias等)では20%台前半である(財政は黒字基調であり,20123月に中央銀行の独立性が否定されるまで財政赤字の補てんも禁じられていたので,貨幣数量説タイプのインフレではありえない。またインフレ・ギャップも存在しない。実質実効為替レートの維持それ自体や一次産品ブームによる輸入インフレ,またそこに起因した構造インフレが想定される)。IPC-7Provincias等を使うと2007年以降は,①実質実効レートが切り下がって(ただし2001年までの水準よりはなお高い)価格競争力が相対的に低下し,②賃金購買力も見かけより低くなる。輸出税率の引き上げを含め,所得政策を包括的に強化する必要があるが,政治的には困難である。


§小括

以上の経験から次の結論が導かれる。①ユーロ圏周辺諸国危機の「アルゼンチン型解決」は,最悪の事態からの脱却を可能にはするが,それ以上の成果が得られるか否かは条件次第である。他方,②日本についても,取り急ぎ「振出し」にまで戻せるなら,その方が望ましく,ポスト新自由主義はその限りでは少なくとも有効なのではないか(以上の下線部のうち適用可能なのは所得政策と非正規雇用の正規化か)。



■参考文献

宇佐見耕一2011:『アルゼンチンにおける福祉国家の形成と変容――早熟な福祉国家とネオリベラル改革』旬報社

佐野 誠1998:『開発のレギュラシオン――負の奇跡・クリオージョ資本主義』新評論

佐野 誠2009:『「もうひとつの失われた10年」を超えて――原点としてのラテン・アメリカ』新評論

Aruguete, Natalia 2012: “El Sistema Monetario Europeo. Mirada Global”, Página 12, 2 de Mayo de 2012, http://www.pagina12.com.ar/diario/suplementos/cash/17-5971-2012-05-02.html

Bresser-Pereira, Luiz Carlos 2007“Estado e Mercado no Novo Desenvolvimentismo”, Nueva Sociedad, Número 210, http://www.nuso.org/upload/articulos/3444_2.pdf

Campos, Luis 2012: “La Negociación Colectiva en la Posconvertibilidad: Recuperación Histórica y Acumulación de Tensiones”, Apuntes para el Cambio. Revista Digital de Economía Política, Número 3, Mayo/ Junio de 2012, http://www.apuntesparaelcambio.com.ar/apc_n3.pdf

CENDA 2007: “La Trayectoria de las Ganancias después de la Devaluación: La “Caja Negra” del Crecimiento Argentino”, Notas de la Economía Argentina, Centro de Estudios para el Desarrollo Argentino, Número 4, Diciembre de 2007, http://cenda.org.ar/informe_macroeconomico.html

CENDA 2008a: “La Ecoonmía Argentina en la Encrucijada: ¿De la Política Macroeconómica a la Estrategia Nacional del Desarrollo?”, Notas de la Economía Argentina, Centro de Estudios para el Desarrollo Argentino, Número 5, Agosto de 2008, http://cenda.org.ar/informe_macroeconomico.html

CENDA 2008b: “La Inflación, Sus Causas y los Debates en torno a Una Política Anti-inflacionaria”, Notas de la Economía Argentina, Centro de Estudios para el Desarrollo Argentino, Número 5, Agosto de 2008, http://cenda.org.ar/informe_macroeconomico.html

CENDA 2008c: “¿Cuánto Ganan los Trabajadores? Alternativas para la Estimación de los Salarios Reales”, El Trabajo en Argentina. Condiciones y Perspectivas. Informe Trimestral, Centro de Estudios para el Desarrollo Argentino, Número 15, Primavera 2008, http://cenda.org.ar/informe_laboral.html

CENDA 2010: “La Macroeconomía después de la Convertibilidad”, Notas de la Economía Argentina, Centro de Estudios para el Desarrollo Argentino, Número 7, Noviembre de 2010, http://cenda.org.ar/informe_macroeconomico.html

CEPAL 2009: La Reacción de Los Gobiernos de Las Américas Frente a La Crisis Internacional. Una Presentación Sintética de Las Medidas de Política Anunciadas Hasta el 30 de Septiembre de 2009, Santiago de Chile: Comisión Económica para América Latina y el Caribe, http://www. cepal.org/ publicaciones/xml/8/37618/2009-733-Lareacciondelosgobiernos-30septiembre-WEB.pdf

CIFRA 2011: El nuevo patrón de crecimiento.Argentina 2002-2010, Informe de Coyuntura Nº 7, Centro de Investigación y Formación de la República Argentina, Mayo 2011, http://www.centrocifra.org.ar/ docs/CIFRA%20-%20Informe%20de%20coyuntura% 2007%20-%20Mayo%202011.pdf

CIFRA 2012: Propuesta de un Indicador Alternativo de Inflación, Centro de Investigación y Formación de la República Argentina, Marzo de 2012, http://www.centrocifra.org.ar/docs/CIFRA%20-% 20IPC- 9%20(Marzo%202012).pdf

Damill, Mario, Roberto Frenkel and Martín Rapetti 2012: “Policy Brief: Fiscal Austerity in a Financial Trap: The Agonic Years of the Convertibility Regime in Argentina”, Initiativa para la Transparencia Financiera, Policy Brief 62, http://www.itf.org.ar/pdf/lecturas/lectura62.pdf

Frenkel, Roberto 2006: “An Alternative to Inflation Targeting in Latin America: Macroeconomic Policies Focused on Employment”, Journal of Post Keynesian Economics, Vol.28, No.4

Krugman, Paul 2012: “Down Argentina Way”, The New York Times, May 3, 2012, http://krugman.blogs. nytimes.com/2012/05/03/down-argentina-way/

Kicillof, Axel, y Cecilia Nahón 2006: Las Causas de la Inflación en la Actual Etapa Económica Argentina.Un Nuevo Traspié de la Ortodoxia, Documento de Trabajo, Número 5, Centro de Estudios para el Desarrollo Argentino, http://cenda.org.ar/documentos_de_trabajo.html

Lewcowicz, Javier 2012: “No Han Aprendido de Argentina en Europa”, Página 12, 14 de agosto, 2012, http://www.pagina12.com.ar/diario/economia/2-200988-2012-08-14.html

Manzanelli, Pablo 2012: “La Tasa de Ganancia durante la Posconvertibilidad. Un Balance Preliminar”, Apuntes para el Cambio. Revista Digital de Economía Política, Número 3, Mayo/ Junio de 2012, http://www.apuntesparaelcambio.com.ar/apc_n3.pdf

Stiglitz, Joseph 2012: “Discursos Completos de Joseph Stiglitz y Cristina Kirchner en el Seminario sobre Economía”, http://www.iade.org.ar/modules/noticias/article.php?storyid=3906

Vernengo, Matías, and Esteban Pérez-Caldentey 2012: “The Euro Imbalances and Financial Deregulation: A Post Keynesian Interpretation of the European Debt Crisis”, Real-World               Economics Review, Issue No.59, 2012

Weisbrot, Mark 2012: “Argentina and the magic soybean: the commodity export boom that wasn't”, The Guardian on Facebook, May 4, 2012, http://apps.facebook.com/theguardian/commentisfree/ cifamerica/2012/may/04/argentina-magic-soybean-export-boom

2012年11月7日水曜日

99%のための経済学【教養編】

2冊の新刊本と学会報告の準備に追われ,長い間このブログをお休みにしてきました。この間Twitterのつぶやき(右側をご覧ください)でも問題提起を続けてはいたのですが,そろそろブログ本体も再開しなければと考えているところです。その手始めに,今回は,近刊『99%のための経済学【教養編】――誰もが共生できる社会へ』(新評論)についての自著紹介文を転載します。PR誌『新評論』2012年11月号(234号)に掲載されたものです。文語体ですが,ご容赦を。

なお,この自著紹介の文章のあとに,最近お気に入りの歌"Las cosas que amas"(「あなたが大好きなこと」)にリンクを張っておきます。アルゼンチンのロッカー,ロレーナ・マジョールさんが,やさしく日常生活の機微を歌ったもので,勤務先でひとつだけ担当しているスペイン語の授業でも紹介しました。とても素敵な曲ですよ。

以下,拙著紹介文です。

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内橋克人さんとの共編著『ラテン・アメリカは警告する――「構造改革」日本の未来』(新評論2005年)を世に送り出し、新自由主義の危険性を訴えてから7年。政権交代後の今も状況はほとんど変わっていない。従来の「構造改革」路線は改めて更新され(TPP協議への参加方針;税と社会保障の一体改革)、大震災と原発事故の被害も十分には補償されないまま、相変わらず自己責任と自由放任の冷酷な政治がまかりとおっている。

「格差社会」の構造は手つかずのままであり、象徴的に「1%」と呼ばれる一握りの富裕層が法外な利益を得ている反面、「99%」、つまり圧倒的多数の庶民の暮らし向きはさらに悪化してきた。自殺や孤独死も高止まりしたままだ。文字通り共生を阻み、多様な生の可能性を狭める仕組みが、現在も持続しているのである。

いま必要とされているのは、この悪しき構造を真正面から暴き出し、その変革の方向性を提起する「99%のための経済学」にほかならない。それはまた人々の共生とその質的向上、そして人間と環境の調和を目指す、「共生経済学」でもなければならない――こう見定めて2011年秋、市民向けのブログ『共生経済学を創発する』を始め、グローバルな視点から、経済とその関連領域について様々な問題提起を重ねてきた。

TPPや一体改革などの批判は当然だ。ほかには「新自由主義サイクル」と「原発サイクル」の類似性、子供も洗脳しかねないネオリベラル・マスメディアの批判、独裁的な「おまかせ民主主義」の批判、アルゼンチンに学ぶ「非正規雇用を減らす方法」、共生経済社会への転換構想、債務危機の下で広がるギリシャの共生経済(地域通貨)など。このうち「おまかせ民主主義」批判は、幸いすでに脱原発運動などでも利用されている。
 
 以上を編集し、体系的にまとめ直したのが本書である。ブログと同じく口語体であり、予備知識がなくても読み進められるようになっている。近刊『99%のための経済学【理論編】』と併せてご一読頂ければ幸いである。
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自著紹介は以上。ロレーナ・マジョールさんの曲へのリンクはここです(^^♪ →http://www.rock.com.ar/videos/las-cosas-que-amas-lorena-mayol/

2012年9月12日水曜日

「太陽のマテ茶」秘話?

日本コカコーラがこの春に売り出した新製品「太陽のマテ茶」、もう試してみました?なかなかいけますよね。マテ茶は南米のパラグアイ、アルゼンチン、ブラジルでよく飲まれているもので、日本人は最初は「土臭ぁ~!なんだこれ!?」と感じるのですが、慣れると案外やみつきになる代物。本来は僕らと同じモンゴロイド系先住民のグアラニー族が薬用にしていたようですが、いまは銀をあしらった瓢箪(ひょうたん)製のおしゃれな容器とやはり銀の管ボンビージャで、支配者の白人たちも一緒になって老若男女「回し飲み」しています。ミネラルや食物繊維が豊富で、肉食の向こうの人たちには必需品です。日本でも最近は文字通り「肉食系」の人種が増えてきているので、まあ、せいぜい利用してみてください。
 
念のために断っておきますが、僕はコカコーラの回し者じゃあありませんよ(笑)。実際、マテ茶もいいですが、僕がアルゼンチンで暮らしていた時に愛飲していた飲み物にカチャマイというハーブ茶(http://cachamai.co.jp/?&)があり、個人的にはそちらの方がずっとお気に入りでした。安くておいしい肉(特にアサド・デ・ティーラのような安物が案外おいしい)をたらふく食べた後、これを飲むと適度な爽快感があってムイ・ブエノ。ただしマテ茶以上に食物繊維豊富なので(?)、調子に乗って飲みすぎるとおなかを壊しますから、ご用心を。
 
ところでマテ茶生産国のひとつ、アルゼンチンでは、ここ数ヶ月、このお茶の店頭価格が高騰しています(http://www.pagina12.com.ar/diario/economia/2-201668-2012-08-23.html)。日本の緑茶のように飲まれている庶民派消費財なので、社会問題になっています。その背景には、製茶会社(10社で8割のシェア)と流通資本(大規模スーパーの小売りシェアは1990年代に4割程度だったのが2003年現在では8割強に)の独占的な価格設定や投機的行動があるといわれているのですが、しかしよく考えてみると、そうした構造は前から多少ともあるわけなので、これが今回の価格高騰の主因なのかどうか、僕自身は実は疑っています。事実、問題はそもそも原料茶葉がキロ当たり90%も騰貴したところから始まっている、つまり製茶会社や流通資本が独占的な利益を上乗せする前の段階で生じているのです。
 
もう少し踏み込んで妄想を吐露すると、そういった従来からの構造に加えて、「太陽のマテ茶」製造のために原料茶の大量買い付けが行われたのではないか、そしてそれを機に原料茶葉の投機的売買に火がついたのではないか、と心配しているわけです。タイミングがピッタリ合っているので、あながちデタラメともいえないような気がしていますが、さて。ちなみに日本コカコーラのお客様相談室に電話して、原料茶の生産国を尋ねたところ「アルゼンチン、ブラジル、パラグアイが生産国ですが、価格や時期によって買い付け先を変えています。それ以上の詳しい情報はお出ししておりません」とのことでした。
 
話を戻すと、アルゼンチンのマテ茶産業の最底辺にあって見落とされがちなのは、緑の原料茶葉を収穫する労働者たちです。コリエンテス州やミスィオネス州など北部の暑い地域を中心に全国で1万3,000人~1万5,000人が働いているそうですが、そのうちなんと65%~70%(!)が社会保障でカバーされていない非正規労働者だといいます。仕事は過酷、低賃金で、ほとんど奴隷的なものらしく、茶葉の売値が90%急騰したというのに、最新の労使協定ではわずか17%の賃上げしか達成されていません。
 
マテ茶の生産農家や農園経営者が前近代的ともいえるような態度であることに加え、アルゼンチン農業労働者組合(UATRE)の幹部も彼らと一体となって現場の「奴隷」を搾取しているということです。労使協定に定められた基本最低賃金さえ支払われず、それに不平を言ったり、組合(長年、代表を選ぶ選挙が行われていない)の民主化を求めたりすれば、誘拐され、悪くすれば「行方不明者」にされてしまいます。そんな事態が過去繰り返し起こってきたのです(http://www.pagina12.com.ar/diario/economia/2-202824-2012-09-07.html)。


割と進歩的な政策を展開している現在の政権も含めて、歴代の政権のどれもがこの問題を放置してきました。悲惨としかいいようがありません。「太陽のマテ茶」の製造過程の末端に、このような共生に反する闇が潜んでいないのかどうか、これも気になるところです。杞憂であってくれればいいのですが。